カテーテル心臓検査と治療(3)
思いがけない造影剤のアレルギーとの闘い
(2) では結果の画像だけ掲げて、如何いう治療をしたのかの説明をしてなかったので、あらためてカテーテルとステントによる治療の概要を紹介しておこう。
治療の内容は図に示すとおりだ。
さて、退院予定のはずの、第2日目。この日は、何の説明も無くこの日は退院できず。自覚症状としては何事も無いのでしたが、ずーと点滴が続く。造影剤を排出するために水を飲むようにといわれたが、ドレくらい飲めば良いのかの指示も無く、食事も美味しい。病院食としては美味しい方だ。なんて暇をもてあまし、丁度持っていた今年の旅行計画の「プロバンス・コートダジュールのガイド書」を読んで過ごしました。そしてまたもう一日退院できず。
さて、その次の日。午後先生の説明があり。退院の予定。とのこと。ただ連絡が悪く退院の指示が来ない。
とうとう昼食が出てくる。「退院はどうなった??」看護師に聞いても「先生から指示が無いので」と先生が来るまで待つように。と言うだけ。
偉い先生に診てもらうと、忙しいのでこうなるのかと思ったが、やはりそれでも偉い先生に見えもらう方を選ぶだろう、何しろ心臓のことだからね。多少のことは仕方が無いかと思いあとは我慢の子。診察室まで点滴の架台を転がしながら行って様子を見ると患者が一杯。これではなかなか
手術の済んだ患者のところへ来る暇は無いな、と言ってもこのままでは敵わない。
しばらくして大先生の代わりのドクターと看護師が来てくれて「退院なので」ということで点滴をやめ。右手首の血管の止血帯をはずしてくれた。今までこの手術でただ一つだけ痛みがあった右手首はこれで見事に痛みから解放された。(そうかこの痛みは締め付けから来る痛みだったのかと了解。と言うことはこの手術ではこれ以外の痛みはまったく無いというわけだ)
点滴の架台から開放されて、ますますもう帰るぞ。という気持ちは高まるが先生は来ない。
昼食が出てきた。食欲なし。むかむかして気持ちが悪い。
とうとう15時を過ぎ。この分だと今日も帰れなくなる。そのうちコーデネータと称する婦長さんのような方が様子を見に来たが、やはり先生の指示が無いのでそのまま待つようにとのこと。
仕方が無いので会計にきいたら退院との事で計算しているところだと言う。やはり退院と言うことは間違いないらしい。でももう夕方だ。
ナース室に聞いたら先生が来ないで退院する場合もあるという。
仕方が無いので会計を済まして帰ってしまった。
実はこの日の朝から胸がむかむかして食事が殆ど摂れなくなっていました。帰途の電車の中では「顔も洗わず髭ぼうぼうの「死にそうなオジイチャン」に見えたに違いありません。学生その他若い人たちが、直ぐに席を譲ってくれました。「苦しいながら、ウン日本も捨てたモンじゃない」なんてチョットだけ嬉しくなっていました。
さて、なんとか帰宅したものの、どうにも気分が悪く、どうしてこうなったのかの原因も分からず、あいかわらず食事は出来ず、のた打ち回って、翌日朝5時過ぎにたまらず、かかりつけの藤沢の病院へタクシーで行き、入院させてください。と頼み込みました。しかしたまたま夜勤の先生は、顔見知りの放射線の先生。その他に病棟の夜勤の先生も来てくれたが、決定的な診断は出来ず。内科の先生が7時頃に出勤してくるまで救急室のベットで横になって待った。
病院ではドクター以外は決定権が無い。当然のことながら責任権限のはっきりしている病院の仕組みに感心していました。
親切な看護師さんが、救急室の処置台の上で横になるよう手配してくれたので、しばし横になりかかりつけん医師の到着を待った。
やがてかかりつけの内科の医師が出てきて、事情を聞くと、直ちに原因はCTでの造影剤のアレルギーとの見立て、流石はベテランは経験豊富。ヤット入院許可が出て、ベットに飛び込み、点滴の治療が始まりました。造影剤のアレルギーとは夢にも思わず自主退院して出てきて悪かったな。なんて反省もしていました。でもそんな説明はまったく無く、ほって置かれたのだから仕方ないよね。と自分に言い聞かせていました。
それに点滴は同じ薬をやっているのだが点滴のスピードがあちらの病院ではここの3分の1くらいであれでは、なお数日かかったはず。出てきてよかったと思いました。
胃がすっかりやられたらしくこの1日目はここでも食事なしで点滴のみ。2泊してようやく御粥から食事開始。土曜日の13日に退院しました。
15日からヤット何時もの食事に戻り生活は平常に戻りました。
これからは時々気にしていた「狭心症」の悪夢に追われることなくのびのびできるようになりました。まだまだ
はめ込んだステントが上手く落ち着くまで、数回の検査があります。取り合ず。1ヶ月目の7月15日それから3ヶ月目6ヶ月目12ヶ月目の一泊かけての検査があります。
スポーツクラブの水泳仲間(殆ど女性)に手術のことを話したら、私もやっている。家のお父さんと同じ、なんて声があり、心臓冠動脈にステントを入れている人が多くビックリしています。インタネットで調べたら造影剤のアレルギーではきわめて少ないが死亡の例もあるとの事でこれもビックリでした。たかが造影剤とはいえないんですね。
さて今後の検査の時造影剤をまた使うと思いますがどうなることでしょうかね。大先生の後始末をお願いしたかかりつけの医師は「何とか対策を講ずるだろうと思いますがアレルギーのことですから何もなしと言うわけには行かないのでしょうね。」なんていっていました。また今度のことの繰り返しはしたく無いんだが、大先生頼みますよ。と祈る気持ちです。
最後におまけのお話。
藤沢の病院から退院する時、病院からタクシーを呼んで帰ったのですが。道々今回の手術の話を運転手さんに話したところ、運転手さんのお話「実は3年前(5年だったかもしれない)。叔母が心臓が悪くて平塚の病院でバイパス手術をしたんですよ。それで現在も元気でいるんですよとのこと。
私「それで担当の医師の名前はなんと言うのですか」運転手さん「確かミスミ先生といいました」私「えっつ私の先生もミスミさんというんですよ」
何と凄いめぐり合わせではありませんか・・・・・・三角と書いてミスミと読む先生そんなに沢山無い苗字。いろんな場所で活躍されたらしいので多分同一人物だろうと思いますが、こんなこともあるんですね。・・・・・
果たして同一人物か??次回検査の時先生に確かめてみようと思っています。







バチカン目指して続々と詰め掛けている。






































いがいつようなんでしょうね。







。ぐるぐる忙しく、グル

















































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